ノリだけで犬を飼い始めた家族の末路

ットショップで犬を見ているうちにテンションが上がり、一目ぼれや勢いで犬を飼ってしまう人は少なくないと思います。

私と母も、そのうちの一人でした。

その結果、家族には悲しい結末が待っていました。

この記事では、ノリだけで犬を飼い始めたわが家に起きた悲劇をご紹介します。


【その場のノリで子犬を飼うことになった】

れは25年前、私の中学の入学説明会の日でした。

朝、市報を読んでいると「子犬を譲ります」という記事がのっていて、母と一緒に子犬を見に行ったのが、私の最初の愛犬、プーちゃんとの出会いでした。

それまで、私たち家族は「犬を飼いたい」なんて話題にしたこともありませんでした。

だから、母も軽い気持ちで「見に行こうか」なんて言ったんだと思います。

ところが、いざ子犬を目の前にしたら、あまりのかわいさに連れて帰りたくなってしまう。

子犬はビーグルの雑種で、黒色と茶色の2匹。

私たちの他にもう1組見に来た人がいて、あれよあれよという間に「どちらの子犬にします?」なんて話になっていました。

じゃんけんで勝った私が、黒色の子犬を選びました。

その子犬を車にのせて、中学校の入学説明会に行き、同級生に見せてうらやましがられたのを覚えています。


【飼い方を知らない家族】

いだけで犬を飼うことになったので、知識も準備も、家族との相談もゼロ。

会社の電話で犬を飼うことになったと報告を受けた父は、帰宅して母と口論していましたが、もらってきた以上どうしようもない、と折れるしかありませんでした。

最初は「さあ、犬のお世話をするぞ!」と張り切っていた私でしたが、中学生活が始まると部活と塾とで犬のお世話どころではなく、祖母が犬のお世話の大半をしていました。

父は犬のしつけの本を買ってきて読んでいましたが、コマンドの練習を少ししただけで、あとは外飼いの犬として放置していることがほとんどでした。

私と一緒に犬を連れて帰った母は、気まぐれに犬を撫でるだけ。

当時は、外飼いの犬が多かったし「犬とはそういうもんだ」と誰もが思っていました。


【犬を守れなかった飼い主】

所には犬をかわいがってくれる人が何人かいて、犬が喜ぶ姿を見たくて、人間のお菓子をたびたび犬に与えていました。

ド田舎で、体裁を気にするわが家の家族は、それをやめてもらうように注意することができませんでした。

避妊手術の後、激太りしてしまってからもそれは続いていました。

かと言って、散歩の時間を増やしたわけでもなく、ずっと見て見ぬフリ。

犬が死んでしまうなんて、その時には誰も思っていなかったのです。

ある日、犬がぐったりとして食欲がなくなりました。

通っていた動物病院では原因がわからず、別の病院で検査した結果、糖尿病による尿毒症を引き起こしている、ということがわかりました。

その時点で、体調が悪くなってから1〜2週間は経っていました。

透析を勧められたと言っていたと思うのですが、おそらく経済的な理由で親が拒否したのだと思います。

水も食事も与えないように、と言われ、私は泣くことしかできませんでした。

そして、数日後。

犬は動物病院で誰にも看取られることなく亡くなりました。

「高校から帰ったら迎えに行こう」

そう思いながら帰宅したら、犬は死に、すでに畑につくったお墓に埋めた、と聞かされました。

私は最期のお別れすらさせてもらえませんでした。

あまりに情けない飼い主でした。

母は、最初に診てもらった動物病院のせいだ、避妊手術をさせて太らせた祖母が悪いんだ、などと人の文句ばかり言っていました。

一番犬をかわいがってくれていた近所のお兄さん(たぶん発達障害を持っていたと思う)は、お菓子をやっていた責任を感じて薬を何錠も飲んで自殺未遂をしてしまい、家族ぐるみでお付き合いしていたのに、しばらく気まずい思いをしました。

そういうこともあり、父も母も犬のことを思い出したくないようで、家からはすぐに犬小屋が撤去され、あっという間に犬のいた痕跡は消し去られました。

犬の話はうちではタブーのようになり、誰も思い出を語らずまま時が過ぎていきました。


【犬を3才で死なせてしまった私の決意】

れでも、私はずっと犬のことを忘れられませんでした。

何年経っても、時々夢に元気な犬が出てきて、そのたびに私は泣きながら「ごめんね」と謝って、罪悪感とともに目が覚めるのです。

もっと正しい知識を得ようと努力していれば、もっと飼い主として自覚を持っていれば・・・。

犬を死なせてしまったのは私だと、ずっと後悔を抱えて生きてきました。

当時の私は、いい大学に入ることだけを目標に生かされていたのですが、犬1匹守れないで何の勉強が必要だったんだろうと今さらながら思います。

よかった思い出でさえ語られることはない、そんな悲しい犬が他にいるでしょうか。

大切な家族と言いながら、都合の悪いことにフタをして自分たちの体裁を守ってきたこと、そして犬のことがあったのに依然として学歴主義でいることに疑念を抱き、私は両親と縁を切りました。

犬との悲痛な別れから22年後。

私が再び犬を飼うことになったのは、私たち夫婦が不妊だったから。

犬種にこだわりはなかったのですが、垂れた耳とつぶらなアーモンドアイに、以前買っていた犬のおもかげを感じて、ジャックラッセルテリアに惹かれました。

また犬を不幸にしてしまったら・・・そんな不安もありましたが、それはこれからの自分次第。

「この子を世界一幸せな犬にする」と誓いました。

私は、自分の飼い犬をたった3才で死なせてしまったからこそ、人並み以上の思いがあります。

自分自身、今の犬で育犬ノイローゼになったこともありますが、どうしてこんなに一生懸命になりすぎるんだろうと考えた時に、死んだ犬の後悔があるからだ、と気づきました。

不安になるのは、犬のことをよくわかってないから。

よくわかっていないのであれば、学ばなければ・・・!

そして、家庭犬トレーナーの資格を取り、今に至ります。

犬を飼うことは、知識がなくてもなんとかなるかもしれません。

でも、問題が起きた時に、それでは遅いということも多々あります。

特に、犬の生死に関わることと誰かの加害者になってしまうことは、飼い主ならば絶対に避けなければならないことです。

私は自分の悲しい経験をバネに、もっともっと犬のことを学んで、同じように不幸になる飼い主さんとワンちゃんを少しでも減らしたいと思っています。

このブログが、たくさんの飼い主さんとワンちゃんを幸せな方向へ導いてあげられますように。

プーちゃん、私頑張るからね。お空で見ていてね。