21. 犬のしつけを厳しくしてしまう心理

ぺろちゃんを飼い始めてからの4年半を振り返ってみて後悔しているのは、しつけを厳しくしたことだ。

その心理背景には私自身の過去が関係している。


私は勉強に厳しい両親に育てられ、比較的レベルの高い大学に入るも、自分を見失ったまま紆余曲折あって現在は専業主婦だ。

中学時代には犬を飼っていたが、母はほぼネグレクト、祖母が世話をしていたけど3歳で病気になって死んでしまったことをずっと根に持っていた。

その母から見下され続けていた私は、実家と絶縁。

私は母とは違う。

きちんと正しく犬を飼うことができるし、そのための努力だってできる。

だから、私は母に認められるべきだ。

……そんな心理が、ぺろちゃんに対するしつけに影響していた。


親と絶縁したのはぺろちゃんを飼う2年前のこと。

当時の私は毒親問題やアダルトチルドレンに関する本を読み漁っていた。

絶縁したことで、親に対する執着的なものはかなり軽減していたと思っていたが、実際はそうではなかった。

私はぺろちゃんを思い通りにおりこうに育てようとしていた。

そうでなければ、私が母より劣っていることになる。

だからうまくいかないとイライラしてしまうのだ。

その思考はまさに母そのもの(母自身も祖母に認められたがっていた)で、それに気づいた時はほんっとうに自分が嫌になった。


もう母に認めてもらわなくたってかまわない。

自分が本当に変われたのはそう思ってからだ。

母に認めてもらいたい心理で無意識にやっていたことは、犬のしつけ以外にもたくさんあった。

徹底的な掃除、おいしそうな食事づくり、充実した生活をアピールするためのSNSなどなど。

そういうのを全部やめたら、自分のペースで生きられるようになった。


それに伴って、ぺろちゃんに対する考え方も変わった。

ぺろちゃんにはぺろちゃんのペースがある。

それを人間の都合でどうにかなんてできなよな、と。

「できることを見守る・待つ」こと。

「できない・したくない気持ちを受け止める」こと。

いつでも楽しく暮らせる方法を選択すること。

全部私が親からしてもらいたかったことだ。

それをぺろちゃんにしてあげられている今、ぺろちゃんを怒ることはない。

……というか、怒るのは自分が未熟なだけで、怒る必要なんて何もないということに気づいたのだ。

毎日が穏やかで楽しくて愛しい、この暮らしはきっと親超えであろう。(もはやどうでもいい。)


犬の記憶は数分という話もあるが、体験したことはきっと脳が覚えている。

ぺろちゃんが物音に過敏なのは、きっと私がよく物に当たっていたせいだ。

それを消すことはできないから、せめてこれから体験することが穏やかで楽しいものであるように、自分自身を律していきたいと思う。

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